UNloved

投稿日 :
2008.3.23
カテゴリ :
06_MOVIE

渋谷ユーロスペースにて、レイトショーの映画を観る。表題がそれ。2001年製作。

男女3人が織り成す恋愛映画だったが、僕は恋愛についての情緒的な表現そのものよりも、そのベースとして描かれていた登場人物たちの生活観、労働観に惹かれた。

劇中、主要人物の一人である影山光子(森口瑤子・演)は、市役所に勤める平の公務員。年齢は30を越えているが、昇進試験を受けることもせず、都下の家賃6万のアパートで一人生活をしている。彼女は、自分には現在のその生活が相応であるからそれを変えるつもりはないと主張する。

会社を経営する男から、生活のレベルを向上させてあげると、高価なドレスを買い与えられるシーンがある。彼女はそのドレスを着て、ハイソなレストランに連れて行かれるのだけれど、「自分には似合わない」と言ってその店を出て大衆食堂的な店でラーメンを食らい、衣服は男につき返してしまう。

生活のレベルを向上させるきっかけがあったとしても、それをつき返してしまうのは、その欲求がないからだという。今の生活が彼女自身の自然となっている。それ以外は不自然だという。彼女と関係を持つ男が二人、劇中には登場するが、彼女は先に挙げた経営者の男からも、その後に関係を持つ同じアパートの中流以下の男からも、「皆、今よりも贅沢な暮らしをしたいと思うのが当然だ。」となかなか理解されない。しかし僕はこの彼女の主張に始終同調しっぱなしであった。

人間、何かしら能力を持って生まれては来るだろうが、経済の面から見ればその能力は全て均等に評価はされない。お金にならない分野を得意とする人もいれば、金儲け自体を得意とする人もいるだろう。お金にならない能力はしかし「無能力である」と判断されてしまうだろうが、まさにそれに該当する人に必要なのは、無能力であることを自覚し納得することだと思っている。そんな人にも生活が出来るような仕組み立てがされている社会であるだけマシだということだ。

劇中、光子は経済的な面だけではない、無為自然の態度をとっているが、彼女と関係を持つ低所得の男はまさにこの経済的な能力差に劣等感を感じて、それをものともしない彼女の態度に対して反発をしている。経営者の男を交えたこの三人の、労働に関係する能力と考え方の相違がベースとなって繰り広げられる人間関係の反発が面白かった。

経済的な劣等感を抱えた男が無作為に転職を考え出す、その行動に対して光子が「やれることをやれ。」と諭すシーンがあった。これを見て思い出したのはやはりつげ義春だったが、それについては散々ここで書いてきたので今回は省く。加えて、みうらじゅんがアイデン&ティティのなかで取り上げた、ボブ・ディランの歌詞が浮かんだ。

人は自分の属さないところへ行ってはいけない・・・道の向こうの家を天国と間違えるな
やらなきゃならないことをやるだけさ、だからうまく出来るのさ。

ここまで飛躍させてしまったのは、ちょっと大袈裟だったかもしれない。

光子に同調し過ぎてしまって、彼女の主張が男二人ともに反発されて終わってしまうようなら、僕個人の未来も暗いなと勝手にハラハラして観ていた。それが結局どうオチたのかについては、ここでは触れないでおくことにする。

unloved
http://shibalov.com/unloved/
HIGH-HOPES アイデン&ティティ/ボブ・ディラン
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/high-hopes/release/bobdylan.html

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