チェルフィッチュ公演 - フリータイム

投稿日 :
2008.3.23
カテゴリ :
08_LIFE

先週の日曜日、六本木のsuperdeluxeまで足を運ぶ。チェルフィッチュの公演「フリータイム」を観に行くのが目的。

元々演劇をまったく見たことのなかった僕だけれど、チェルフィッチュは会社の先輩に教えられたのがきっかけで、「三月の5日間」のDVDを観ていた。演劇というと、テレビドラマとは異なる賑やかしいパフォーマンスを連想してしまっていたのだけれど、チェルフィッチュのそれはやはりテレビドラマとは様相は異なりながらも、極めて静かなものだった。

「三月の5日間」では、登場人物の主語が定着しないまま劇が進む。Aという役者がA'という人物を演じているのかと思えば、気付くとBという役者がA'を演じていたり、Aという役者がCという人物について語っていたかと思えばAがそのままCを演じ始めていたりと、誰が誰を演じていて誰と誰がどういう関係で、という人物相関をアタマの中に描きながら劇を眺めていると途中でひどく混乱してしまう。この感覚を味わえるという点で「三月の5日間」は僕にとって新鮮だったし、チェルフィッチュの特徴はこの混乱なんだと認識していた。

今回の劇「フリータイム」について、下調べはまったくしなかった。先に述べたとおりの混乱を間近で味わえることを期待して赴いた僕だったが、「フリータイム」も「三月の5日間」と同様、まさに主語が定着しない有様、期待どおりだった。異なっていたのは、舞台にセットが用意されていたという点。ファミレスを模したもののようだったが、椅子もテーブルも下から数十センチの部分が裁断されて地面にへばりついている。この意図はよくわからなかった。

劇の後、ギャラリーがぽつぽつと帰っていくなか、店員がパンフレットの販促をはじめた。僕も、演出家や俳優がこの劇に対してどういうコンセプトを持っているのかを知りたかったので、衝動買い。しかし実際は役者自身のパーソナリティについてふられれている点が多く、劇の特徴については脚本家の岡田さんという人がちらと挙げているのみだった。少し残念。

chelfitsch
http://chelfitsch.net/

COMMENT

TRACKBACK

URL : http://tplh.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/678




copyright © TPLH.net All right reserved.