自分探しが止まらない - 速水健朗

投稿日 :
2008.3.09
カテゴリ :
04_BOOK

今日の文化系トークラジオLifeのテーマが「自分探し」であることを踏まえ、興味があったのでそのためのおさらいとして、ソフトバンク新書から刊行されている表題の本を購入し、読み終えた。新書を読むのは久しぶりだった。

僕個人が所謂「自分探し」というものを敬遠し始めたのは高校生の頃からだろうか。326に傾倒する姉を潜在的に馬鹿らしいと思ったのと同時に、伊集院光の「深夜の馬鹿力」を毎週欠かさず聞くようになっていたというのがきっかけだろうと思う。だからそういう流行がはじまったのは1990年代の終わりぐらいからだろうと思い込んでいたけれど、本書によればそれは80年代から存在していたのだという。

個人的に「自分探し」に流される時期もあった。それは僕自身の新卒の就職活動期のことで、自己啓発セミナーなどにも参加をしたし、自己分析も本を数冊購入して取り組んだりもした。その一時的な僕のなかでの流行は結局、実際に仕事をするうえで何の役にも立たなかったという点で、すぐに廃れてしまった。

本を読んでいて、今まで「自分探し」とはまったく関わりを感じていなかった項目がいくつか引き合いに出されていたのが新鮮だった。キーワードっぽいものを箇条書きにしていくと、以下になった。

  • 自己啓発
  • あいのり
  • 海外旅行
  • リクルート
  • フリーター
  • 猿岩石
  • 路上詩人
  • 環境保護
  • ロハス
  • ボランティア
  • ホワイトバンド
  • 文芸社・新風舎
  • ラーメン屋

自己啓発や共同出版など、あからさまに胡散臭いものについては「やっぱり」という考えしかない。

恋愛を題材にしたテレビ番組である「あいのり」が恋愛のほかにも「自分探し」の要素を多く盛り込んでいるという事実や、猿岩石のヒッチハイクの旅が「自分探し」に没頭する若者の労働観の基になっているという話、ラーメン屋や居酒屋のトイレに貼られた筆文字の訓示も、サラリーマンではなく手に職をつけようとそういったサービス業をはじめる労働者の考えからきているという話などが興味深かった。思えば街中に溢れている根拠の無い自信に満ちた物事、それらが発する胡散臭さは「自分探し」というキーワード意を介して全て根底で繋がるのではという考えも浮かんだ。

環境保護やロハスも、自分探しから派生するのだそうだ。「自分に今何が出来るか」「良いことをしたい」という自己啓発じみた考えから派生する。実際ロハスなんて「消費を緩やかにしよう」というだけで、まったく環境保護になってない点からしてやっぱり胡散臭いのだけれど。サラリーマンや消費社会への反発として、頻繁に沖縄や海外へ旅行に行ったり、学生時分にバックパッカーをしてみたりというのも「自分探し」にあたるということも本のなかでは挙げられているが、結局それもひとつのビジネスに過ぎない。だけれど直接当人たちにそれを言うと、怒られるのだ。それも、彼らの無自覚が見透かされてなんだかイヤだ。

「自分探し」の行動の根底には「自己愛」があるのだそうだ。自分の潜在能力を開花させるために旅行や環境保護活動などを行うんだそうだが、そういう彼らが他のいずれをも放棄して勉強、研究に没頭したり、電気や石油製品を全く使わない生活を行ったり、そういう具体的な行動に出ることはまずない。少なくとも僕はそういう人と出会ったことが無い。中途半端なことばかり行っているから、共感できない。つげ義春でも読めば、自己愛なんて感傷はあっという間に吹き飛ぶと思うのだけれど。

人間一人ががんばったら何かが為せると勘違いするのは中学生までに留めておいたほうがいい。今の日本のあらゆる流通による豊かな生活が何から生まれたのかというのは、大学を出ていない僕にだってわかる。その恩恵に浸りながらの「自分探し」とは、お釈迦様の手の平で踊る孫悟空より恥ずかしい。個人の無能力さを自覚すれば、それこそ身の丈にあった、リクルートやその他ビジネスに踊らされない生活が出来ると思うのだけれど、どうなんだろう。

ソフトバンク クリエイティブの本:[SB新書]自分探しが止まらない
http://www.sbcr.jp/books/products/detail.asp?sku=4797344998

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