労働者が蔑む対象のフロー
- 投稿日 :
- 2008.1.30
- カテゴリ :
- 08_LIFE
先日誕生日を迎え、20代前半も残すところ1年となり、自分の労働と生活について少しだけ焦燥感が増してきた。親しい友人たちもこぞって就職し、酒を呑みに行くと労働についての話題も多く挙がるようになった。いわゆる「勝ち組×負け組」みたいな話もするし、結婚についての話も具体味が増した。実家に帰れば親からそういう話が挙がることもある。労働はより深刻な話題となった。
そんななかで思ったことがある。労働者は自分よりも待遇の悪い人間を無条件に蔑むようだ。そのフローを大雑把にまとめると、以下のような感じになる。
労働者が蔑む対象のフロー
年収1000万円超
↓
年収1000万円未満~300万円超
↓
年収300万円未満←僕はいまここ
↓↑
派遣、契約、請負(ここは前者と前後しそう)
↓
フリーター
↓
ニート
年収1000万円超の人間が最強かというとそうではなく、彼らもワーキングクラスに過ぎないのであって、その上には「経営者」みたいな階級が存在していて、彼らの収入は僕らサラリーマンとは人括りにできないようなレベルの差があるみたいなことをよく聞く。個人的には、実際に経験した2社の経営者を見る限り、それは間違っていないと思う。しかし僕らサラリーマンが年収のことを気にするとき、レベルが違いすぎる彼らのことを挙げて「くやしいのう」言うことは少ないように思う。「彼らは能力や境遇が違いすぎるから、比較してもしょうがないよ。」とでも思っているのだろうか。
「今は国が豊かになって、江戸時代~昭和初期には売春婦になるしかなかったような層が、OLとして労働している。」というようなことを以前タモリあたりが言っていた。それは正しいと思うし、僕がもしも200年前に生まれていたら、一生を農業に奉げて死んでいったろう。僕の家系は親父も祖父もみなブルーカラーだったし、僕も今は似たような職場で働いているから、なおさらそう思う。ワーキングクラスが経営者の層を同尺度で比較しようとしないのは、それぞれが個人の生まれついての境遇と能力を認知していて、レベルの違いを既に自覚しているから、そういうことなのかしら。
それなら、ワーキングクラスのなかで先に挙げたような侮蔑のフローが出来上がるのはなぜだろうか。経営者と違って、労働者という括りにできるなかでの話だから、喧嘩をしたくなるのかもしれない。しかし実際は生活レベルなども大きく差がつくのだから、先のフローのような考え方は不毛だなぁと感じる。「比較してもしょうがないよ。」という後ろ向きの納得の仕方を、僕らはここでも行なうべきであって、それは今「幸福論」というひじょうにポジティブな言葉に変換されて世の中に蔓延している。
だけども僕は結婚したいし子供もほしい。写真も続けたい。そのためにはもうちょっとだけ働かなきゃならんなあ。僕の今現在の適正な労働価値を知りたいなぁ。
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経営者は階級じゃないよ。役割だよ。
Posted by:saz | 2008年2月 7日 04:36