ファウスト - 手塚治虫
- 投稿日 :
- 2007.8.11
- カテゴリ :
- 04_BOOK
漫画を買う。表題がそれ。
ファウストについては言うまでもない、あまりにも有名なドイツの戯曲。僕にとっては、それをはじめて認知したのが同人誌作家の書いた漫画という、正道なものではないのだけれど、関心はある。夏目漱石の私の個人主義などと不意に結びついてしまったのでその原作に興味が沸いたが、岩波文庫の訳本を立ち読みしたところ、日ごろの不勉強の最たるところ、内容がよくわからなかったので、ゲーテのそれを原作に据えた手塚治虫の同タイトルの漫画に逃げた。
漫画は作者が齢二十歳の頃に書き上げたというもの。子供向けに描かれたということで非常にテンポよくわかりやすく進むが、僕が原作に求めていた「突き抜けたくっても突き抜ける訳にもいかない人がどうにか満足しようとする描写」が弱いので残念。第一主人公のファウスト博士は英才じゃないか、描写対象が「香山哲のファウスト」などとは間逆だ。手塚治虫が重きを置いたのは原作におけるその結論ではなくて、メフィストフェレスに翻弄される主人公の体験のダイナミックさの表現なんだろうか。
近年の満足感が金と女と名声で事足りるかといったらそんなはずもなく、結局努力することが一番の満足でしたでは合点が行かない。結果を追い求めても再現がないということだろうか、手に入れようとする過程で満足しろということだろうか、それは個人主義で漱石の言っていることとは結びつかない。メフィストフェレスももっと有益な夢を見させて欲しいモノだ。
手塚治虫の作品にはファウスト三部作というものが存在しているらしい。僕は今回朝日文庫刊の漫画文庫「ファウスト」と「ネオ・ファウスト」を購入していてその全てを読みきった。ネオ・ファウストは近代の大学教授を主人公に据えたSF作品だが、これは未完。近代に生きる人間の満足はいずれに落ち着くのか、手塚治虫が夢想したその結末を垣間見たかったのは僕だけではないだろうが、結局叶わず、僕の自身の生きる術を準えようとする目的も叶わず。至極残念であります。
- 関連エントリー
COMMENT
TRACKBACK
URL : http://tplh.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/450