ポートレートのコンセプトを考える

投稿日 :
2007.5.14
カテゴリ :
01_PHOTOGRAPH

13日の日曜日、午後から葛西臨海公園に赴き、ポートレート撮影を行なった。

以前にも書いたかもしれないが、僕のポートレート撮影についての目的は二つ。風景写真に設けているようなコンセプトをポートレート撮影においても立案することと、技術の上達を図ること。

まずはコンセプトの話からしようと思うが、stabilizerで意識しているような写真の限界性をポートレートにも生かせないかと考えてみた。被写体は風景から人物に移行させたが、その場合、リアルから写真に変換された際に写真そのものから削げ落ちる要素はどう変化するのか、それを見つける必要がある。人と人とか対峙する際には、よほどの悪意が相手に対して存在しなければ、お互いに相手を刺激しないよう配慮するだろう。その場合、相手の感情を汲み取るヒントとして、表情、態度や声のトーン、言葉の内容などが挙げられるが、写真では表情以外の要素は排除される。だから写真で感情を表現したい場合は、視覚に写るもののみで本来他の感覚で伝達し得る要素をカバーし、伝達させなければならない。テキストを添えて誘導させることも出来るだろうが、視覚的な要素の創意工夫を果たさずにいきなりそれでは怠慢になる。これは難しいことだと思うが、試みればコンセプトに成り得ると思う。

思い出す作品がある。宮原夢画氏の作品、「a memory of a fish is there」だ。作者自身、幼少期に魚が嫌いでどうしても食べられなかったというが、当時魚に感じていた畏怖の感情を写真に起こしている。この作品、一見ダイナミックさを感じるが、それほどのスケールを用いなければ視覚のみで感情を伝達することはかなわないのかもしれない。

今回の僕の撮影だが、そういう背景を念頭に置いてはいたものの具体的な施工方法が思い出せず、表情と仕草を捉えるのみで終わってしまった。これではまだ足りない。

そして技術的な面だが、ピンボケが多い。いい表情を逃さないようにとシャッターを切るのを急いでしまうが、ピントがずれているのでは元も子もない。腕が立てばその辺の動作を俊敏に行なえるんだろうが、まだまだということで、しばらくは冷静になって撮らなきゃいかん。絞りやレンズのズームもあまり考慮していない。こうして思い返してみると、ダメダメだなぁ、学校行った成果が出ていない。次、またがんばります。

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