記憶の位相 - Aspects of Memory
- 投稿日 :
- 2007.4.15
- カテゴリ :
- 01_PHOTOGRAPH
UP FIELD GALLERYで現在開催中のグループ展、「記憶の位相 - Aspects of Memory」を観に行った。
糸井潤氏、黒田康夫氏、小島佳典氏、福居伸宏氏、湊雅博氏の5名による企画展。それぞれが記憶した都市の在り様を、その視線を再現するように写真に落とし込んでいる。だから展示されている写真は、視覚的には様々であるけれど、記憶の再現に写真を媒体として利用しているという点では共通している。
複雑な書き方をしているが、写真が記憶の再現としての役割を持つということは、写真技術が開発されたそのときから持たされているものだ。今回の展示で特筆するべきはその役割が為されているかどうかということよりも、その再現性のオリジナリティが高く確立されているところか。
僕が訪問した際には、糸井氏、福居氏、湊氏の三名が展示に立ち会っていたので、直接話を伺うことができた。展示に赴くことの最大のメリットはここだろう。“間違いのない、確実な”撮影者の意図を知ることができる。
糸井氏の写真は、汐留にあるイタリア街を写したもの。媒体にキャンバスを利用し、大きくプリントされており、その上には蝋が塗られている。景観自体の持つ特異性も相まって、その様相はまさに絵画だ。
福居氏は都市の夜景を展示されていた。断ち落としされたプリントが、余白なく繋げられて壁に展示されている。映像にある建築物のフレームが隣接した写真毎に繋がるように展示されているが、シームレスなパノラマには敢えて仕立てあげられてはおらず、個々の写真の間に空間が存在することを連想させる。そこには写真の限界性を超えた、目に映らない景観を想像し得る余裕が生まれている。
湊氏の写真はオブジェクトをズームアップして撮影されている。以前開催された同氏の写真展「累」は、同様にオブジェクトに迫って撮影された写真によって構成されていたが、それらはすべてモノクロだった。今回はカラーの写真ばかり。色彩があれば、閲覧者からしてそのモノのイメージ、連想は限定されるだろう。今回の展示の根本にある記憶の再現においては、「累」にあった迷いの発生よりも、情報の固定による一定の連想を重視したということだろうか。
写真はビジュアルの再現性が絵画などに比べて非常に高いので、ともすると今回の展示のテーマにある記憶の再現といったような感情、精神面の反映が難しいものだと、僕は思っている。それがこのグループ展の作品では実践されており、今回の観覧における一番の収穫だった。僕のこれまでの写真のスタイルでは、その限界性を超えることを諦めて逆に利用することで発展を臨んでいたが、そんな遠回りをしなくても、プリント技術の向上などによって写真に感情を投影することができるじゃないか。
展示は22日まで続く。技術面や展示の工夫など見習う点は多い。一見の価値はあるはず。
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