湊 雅博 写真展 「累」 2
- 投稿日 :
- 2006.11.06
- カテゴリ :
- 01_PHOTOGRAPH
昨日の続き。
今回の写真展では作家自身によるギャラリートークが催された。
勿論僕は参加させてもらった。
進行は、展示作品の解説から写真行為全般による作者湊さん自身の持つ意識、
作者が作品を制作する目的までに至った。
気になった点は2点。
1点は作者の作品への感情移入について。
作者は作品への感情移入は極力避けていると言った。
作者自身にとっては被写体となる風景を探し当てる喜びが
作品自体に含まれている可能性があるとも言ったが、
閲覧者の僕等がそれを正確に認識できないので、
作品に込められた感情の有無を論ずることに意味は無い。
気になったもう1点の事項はそれに関連する。
それは、作品を制作する目的のこと。
作者が論ずるに、写真を作品として構築することは自分自身の為であり、
それ以上の意味を持たず、その時点で終了している。
他に見せ意義を仰ぐことは目的に含まれていないということだ。
前回述べた解説文に、作品は作者の戯れによって成立しているとあったが、
まさにそれぎり、僕等閲覧者は最初から作者の構築した世界の外に居て、
その中身を眺めることを許されている立場にいるのだ。
思い返すことがある。
原研哉著「デザインのデザイン」の内容の一部だ。
そのなかでデザインとアートの比較として、
アートは個人の価値観によって成り立ち、
デザインはそれを受け取る人間の感情によって成り立つとあった。
今回の展示についての作者の意識は、
この書籍にあるアートの成立と全く同じことを言っている。
この点が実に興味深かった。
実はもう一つ感じるところがあって、
デザインとアートは成立の仕方が相反しているとしても、
ひとの意識するところを紐解き解析し、それを作品に反映、構築する点では、
同様の方法論で開始されるということだ。
行き着く先は違えど、根っこは同じ道筋なのかもしれない。
僕も今稚拙ながら作品を意識して写真を撮っているが、
行き着く先が少しだけ見える気がした。
写真行為は放りっぱなしで構わないのだ。
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